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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [15]




 バレンタインは明日だ。里奈から頼まれたのは昨日や今日の話ではない。自分がもっと積極的に動いていれば、二人を引き合わせる事など造作も無かったのではないか?
 でも、自分は里奈からの頼みを放置していたワケではない。自分の力では無理だと判断したから、だから最も適任であろうと思われる人物に声を掛けたのだ。
 ツバサは少し口を開き、すぐに閉じる。
 自分では、最善を尽くそうと努力はしたつもりだ。だが、ここで美鶴の名前を出すことは、責任を美鶴に転嫁してしまう事になるような気がした。自分は悪くない、悪いのは美鶴だと言ってしまうような気がして、ツバサは躊躇った。
 視線を泳がせ言葉を選ぶ彼女の態度を上目遣いで見上げる里奈。まるで責めているかのように見える。
 自分は、本当にシロちゃんの事を考えているのだろうか? ひょっとしたら心の奥底では、シロちゃんが不幸にでもなればいい、だなんて思っているのではないだろうか?
 そんなツバサを助けるかのように口を開いたのは、美鶴だった。
「里奈、ごめん」
 里奈が振り返る先で、美鶴は片手を腰に当てて小さくため息をついていた。ごめんとは言いながら、頭を下げているワケではない。
「私がツバサに頼まれててさ」
「え?」
「だから、里奈と聡を引き合わせるって話。聡に頼んでくれってツバサに頼まれててさ」
「え? 頼まれてた?」
 勢いよくツバサを振り返る。そんな里奈の口を、美鶴が慌てて制する。
「別にツバサは自分の仕事を私に(なす)り付けようとしたワケじゃない。ただ、ツバサから頼んでも聡が拒否するから、だから私から頼んでくれって」
「ごめんね、シロちゃん」
 ツバサが頭を下げる。
「私が言っても、金本くん、耳も貸してくれなくって」
「それって」
 二人を交互に振り返りながら擦れる声を出す里奈。
「それって、金本くんが?」
「あの、それは」
「私がウダウダしてたからこうなった」
 ツバサの言葉を美鶴が遮る。
「さっさと私が言い出せばよかっただけだ。悪いのは私だ」
 開き直るように言い放ち、そうして聡を見上げる。
「ちょうどいい」
 言って、首を傾けた。
「里奈がアンタに言いたい事があるって言うから、聞いてやってよ」
「つまり」
 成り行きを見守っていた聡がゆっくりと口を開く。
「田代が礼だかなんだかを言いたいってヤツか?」
「そう、それっ」
 ツバサが身を乗り出す。
「ちょうどいい、里奈の話を聞いてやってよ。私達は席外すから」
「あ、でもチョコ」
 慌てて口に手を当てるツバサにチラリと視線を投げ、聡はそのまま里奈を見下ろした。
「その必要は無ぇよ」
 両手をコートのポケットに突っ込む。
「話だかなんだか知らねぇが、俺には聞く気はねぇし、礼なんて言われる筋合いも無い」
 一歩を踏み出し、冷ややかに見下ろした。
 黒のコートをスラリと身に纏い、後ろで束ねた髪を北風に靡かせて背を伸ばす姿は、薄暗くなり始めた周囲の景色に馴染むようで、陰鬱で不吉な雰囲気を漂わせながら、それでいてなぜだかよく映えて、見事と言いたくなるほどに端麗だった。
 小さな瞳は冷たく、その態度も冷ややかではあるが、それが辺りに漂う冷気と交じり合い、溶け込むとも馴染むとも言い難いような不思議な調和を魅せてくれる。凛と澄んだ、穢れのない、洗礼された品格すらも醸し出しているかのよう。瑠駆真とは対照的にあっさりとした顔立ちは、余分なものなど必要はないと、すべてを潔く取っ払ってしまったかのようで、ストレートな彼の性格を、それこそストレートに表現している。
 余計なものなどすべて削ぎ落とした、研ぎ澄まされた視線。その姿に美鶴が思わず息を呑んだのは、なにも聡の高圧的な態度に畏怖を感じての事ではない、はずだ。
「だいたい、俺に会いたきゃ自分で来やがれってんだ。一人で礼も言えねぇってのに涼木や美鶴責めて、何様のつもりだ?」
 威圧的に睨みを利かせる視線。里奈の唇が微かに震える。
 怖くない。怖くないよ。
 必死に言い聞かせる。だが、その姿はまるで人間を恐れる子犬のよう。聡の全身を嫌悪感が包む。
「うぜぇヤツ」
 吐き捨てる。
「だから嫌いだ」
「え?」
「だから嫌いなんだよ」
 語調を強めて繰り返す。
「そういうところが何もかも嫌いだ。当たり前のように頼りきって、離れていけば相手を責める。悪いのは美鶴。悪いのは涼木。ちったぁ自分のだらしなさも考えろってんだ」
「ちょっと」
 止めに入るツバサの右手を振り払い、なおも一歩近づく。
「何を感謝されてるのかは知らねぇが、これだけはハッキリ言わせてもらう。俺はお前が嫌いだ。嫌いなお前に感謝されるような覚えはねぇし、されたくもねぇ」
「やめてよ」
「本当の事だ」
「本当もなにも、嫌いだなんて」
「本当の事だからな」
「だからって、そんな言い方酷い」
 食い下がるツバサの声にかき消されるようなか細い声で、里奈が言葉を振り絞る。
「わかってるよ」
「は?」
「わかってる。金本くんに嫌われている事くらい、わかってる」
 両手を握り締め、落ち着こうとゆっくり呼吸を整える。
 怖くない。怖くない。
「自分がだらしないって事もわかってる」
 侮蔑するような視線を避けようと俯き、だがそれではダメだと決意して顔をあげた。
「金本くんの言う通りだって事もわかってる。だって私、本当に情けない人間だもん」
 小さな声だが、それでも里奈にしてみれば精一杯の声だ。
「情けないから、だからもっと強くならなきゃって思う。美鶴に会うなって言う金本くんの言葉を聞いていて、本当にそう思うの。だから」
 怖い。けど、でも、勇気を出さなきゃ。
「だから、そういう事をわからせてくれた金本くんには、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないって、そう思って」
「へぇ、わかってるんだ」
 主語も動詞もメチャクチャに続ける里奈の言葉を、聡が笑いながら遮った。
「ホントにわかってるのか?」
 疑うような瞳。
「わ、わかってるよ。だから」
「だったら、こんな事するな」
「え?」
 言われた意味がわからずキョトンと目を丸くする。聡の怒りが増す。
「こうやって、いちいち人に頼るような真似はするなって言ってるんだよっ! 俺に会いたきゃ一人で来いっ!」
「だって、どこへ行けば金本くんに会えるのかもわからないし、携帯の番号も知らないし」
「何とでもしようがあるだろう。唐渓に通ってるのはわかってるんだ。校門で待ち伏せするくらい、できるだろがっ!」
 されても絶対に無視するだろうがな。
 辛辣な言葉を胸の内で吐きながら、聡は右足で地面を叩いた。
「駅舎の場所だって知ってんだろう? 前に涼木と一緒に行ったんだろう? 他にだっていろいろ手はあったはずだ。携帯の番号がわからない? カンケーねぇよ。携帯なんか無くったって、人間会おうと思えばどこでだって会える」
 自分が美鶴と再会できたように。
「なんでそういう事ができねぇんだよっ! ホントに俺に感謝する気があんのかよっ!」







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